業務日誌

2002/03/21 Thur 晴 暖 「壁画」

事務所の近くの三鷹市芸術文化センターで今週いっぱいまで、銭湯の壁画についてのちょっとした展覧会が開催中ということなので行ってみます。たまにはアートに触れることで偉そうな気分というか頭がよくなったような気分になっておこうというわけです。まぁ、入場料金がタダでなければ足を運ぶ気にはならなかったと思いますが。

ギャラリーの入り口はふたつにわかれていて、それぞれに男湯女湯のれんがかかっています。そしてふたつの入口の間に受付のカウンターがあって番台風になっているという、誰もが思いつきそうなデコレーションです。しかし本当にただ入口がわかれているだけで、入口ののれんをくぐってしまえばどうせ同じ場所に出てくるのだし、破風造りの構えがあるわけでもなし。受付でバイトと思われる案内員から「アンケートにご協力ください」とやる気のない声をかけられ、アンケート用紙を受け取りながら内心「べつに入口なんてふつうの展覧会と同じでいいのに、こんな安直な装飾で興ざめだ」と思っていると、後ろにいた数人連れの中年男性客が「えっ、おフロあるの! ひとっ風呂浴びてこうかな、なーんて ハハハハ」とウケていて、うーん、この程度のフェイクでも効果はあるのかと悩ましい気持ちになります。

さてどのように展示されているのか、まさか廃業した銭湯の壁を切り出して持ってきたのかとも思っていましたが、さすがにそういうことではありませんでした。銭湯の壁画、正確には銭湯背景画というらしいですが、現役の銭湯背景画家はもう3人しか残っていなくて、また現在ではスーパー銭湯や健康ランド以外で新しい銭湯が建つことなんてまれなので、ふだんは銭湯の壁でなくキャンバスに銭湯背景画を描いているようです。もともと銭湯背景画は、大正時代に東京下町の広告代理店が、銭湯の壁に広告を描くついでとして始まったものということですが、いまではアートの一ジャンルとしてでしか生き残ることはできなくなっているということなのでしょうか。

で、まぁ山とか湖とかの絵がたくさん展示されていたのですが、銭湯の壁ほどデカいキャンバスはなかったので、いまいち迫力に欠けますな。また、モチーフはおなじみの富士山以外にも瀬戸内海だったり田舎の村の風景だったりいろいろだったのですが、いかんせんどの絵も「山と空と水の青・森の緑・雪の白」があのクドいタッチで描かれているということには変わりないので、描かれている風景が違っても同じ絵のように見えてしまいます。様式美というほどではないにしろ、こりゃもうかなりストイックな世界で、私のような俗人はいくつもの絵を鑑賞してその違いを楽しむどころではありません。

基本的には現在に残る3人の巨匠銭湯背景画家を中心とした展覧会ですが、奥のコーナーには若手美術家による作品がいくつか展示されていました。銭湯背景画をアートの一ジャンルとしてとらえ、さらにそれを現代の視点から解釈したらどんなものになるだろうか、という非常にわかりやすい展開です。一見伝統的な背景画に似ているがよく見るといくつもの大企業のロゴが隠し絵のようにして埋め込まれている作品、富士山をリアルに描くのではなく抽象的に描いた作品、あるいはコイが泳いでいるところを撮った何枚ものポラロイド写真を敷き詰めた作品(タイルを表現しているのか)など、ネタ系、いやいや、まったく新しいアプローチで表現された銭湯背景画が並んでいました。が、まぁ正直それほど感銘を受けたわけでもありませんが。

この展覧会の一環として数日前に行われたワークショップでは、実際に市内の銭湯を回って子供たちに実物の銭湯背景画を見せて、その後で大きなキャンバスに「オリジナルの銭湯背景画を描いてみよー」という企画があったようで、そのときに完成した子供の作品がギャラリー横の廊下に展示されていました。その中のひとつに、ようやく納得できるものが見つかりました。真ん中に描かれているのは富士山ではなく、赤い鉄骨でできた塔でした。おそらく東京タワーでしょう。子供にとっては、見たこともない富士山なんかより東京タワーのほうがよっぽど日本のシンボルとしてふさわしいでしょう。

塔の周りには緑色の樹木(公園?)と、笑顔をした何人かの人間が描かれています。まるで20年前の地方自治体の都市計画を見ているようです。子供は豊かな想像力で大人が思いもつかない発想をすることもありますが、一方で、型にはまっていておもしろくもなんともないアイデアに固執してしまうことも多いと思います。この絵はまさにその後者でしょう。でも「富士山=日本人の心」なんてのもまた、子供が描いた東京タワーの絵と同じくらいつまらないパターンでしょう。きっと銭湯背景画にはそういうつまらない、ベタでわかりやすい対象を描くのが一番適しているのではないでしょうか。いま銭湯の壁に富士山が描かれていると「いかにも昔ながらの銭湯」という強烈なイメージが襲いかかってきて、ややもすればどこか微笑ましい気持ちにもなってしまいますが、銭湯背景画はおもしろくてはイカンのですから、現代の銭湯背景画に富士山を描いてはならないのです。

と、なんだか偉そうな気分というか頭がよくなったような気分になるという目的は無事に果たせたので会場を出ます。いやハッキリ言ってしまうとあんまりおもしろくなかったので会場には15分くらいしかいられなかったのですがね。昨日からイトーヨーカドー春の大感謝祭でワイシャツが1着900円ということなのでイトーヨーカドー武蔵境店へ行って5着ほど買い込みます。ネクタイも1本900円というのがあったので2本買います。こうして一気に思考水準を生活密着レベルまでが変動させたので、今日一日トータルとしてはちょうどよいバランスでした。

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