業務日誌

2002/02/23 Sat 「感想もベタですが」

私が宿泊によく利用するユースホステルというのはドミトリー(相部屋)でして、2〜3回泊まればまぁ慣れるものですが、こういうところを利用したことのない人に話すと、10人中8人くらいの割合で「げっ 知らん人と同じ部屋で寝泊まりするの」と驚かれます。しかも今回は海外ですからなおさらのことですが、結果としてはむしろドミトリーに泊まってよかったと思います。やはり同年代の連中が集まってくるので、まぁ英語が満足でなくとも話しかけやすくて情報交換がしやすい。

ニューヨークには世界中からビジネス客や観光客が一年を通じてやってくるので、部屋の稼働率がとんでもなく高い。そのためにニューヨークは世界で一番ホテルの高い街で、ボロい格安ホテルでも1泊70〜80ドル、つまり1万円くらいはしてしまいます。もちろん中には安くてきれいなホテルもたくさんあるのでしょうが、ハズレを引く確率が高いのは事実。ボロいだけならともかく保安面も不安。だったら最初から期待せず1泊30ドル前後のところに泊まったほうがよいかと。もちろん宿泊自体も旅行の大きな楽しみのひとつであることは間違いないので、お金をかけられる人はかけたほうがいいに決まっているのですが。

さて今日はアメリカ自然史博物館へ出かけます。ニューヨークのミュージアムというと、とにかくデカいメトロポリタン美術館が有名ですが、それに負けず劣らずこの自然史博物館もデカいです。創立は130年も昔で、それから増築増築を繰り返しいくつもの建物がくっついた構造になっています。本気で見て回ろうと思ったら最低半日はかかってしまうようなところですが、私は寝坊をしてしまったので時間がなく、2時間ほどでなんとか見てしまおうという無茶な計画であります。

入り口では金属探知器こそないものの、警官にカバンの中身をチェックされます。私のノートを見て「すごい、これがラップトップ?」「そうです」「いくらするの」「3年前に1000ドルくらいで買いました」「あら、小さいのに値は張るのね」パソコンの値段は大きさでは決まりませんよ! それにしても、日本でラップトップなんていったら10年くらい昔のワープロ専用機を思わせますが、こっちの人は大きさに関係なくなんでもlaptopです。「laptop PC」とも言わない。ただ、「laptop」。

長い列に並んで入場券を購入します。「大人1枚ください」「あなたは学生ですか」「はい、でも国際学生証は持ってないです」「No problem!」説明書きでは、学割はInternational IDが必要となっているのですが、外人は大目に見てくれるのでしょうか。ともかく、本当なら10ドルのところを7ドル50セントにまけてもらえました。さっそく中へ……といっても特にゲートのようなものはないですね。入場券買わずにそのままトコトコ入っていけてしまえそうなくらいです。こちらでは「入場料:寄付希望」という施設も多くあり、そのあたりは来場者を信じますという感じです。

広い館内を全部見るのは最初からあきらめていますので、さてどこを見よう、『地球の歩き方』には巨大な恐竜の化石なんかが載っていてそれが名物みたいですが、ただ見て「あぁすごいですね」というものではないものが見たいと思ったので、一番地味な、人間をテーマにしたコーナーを中心に見ることにしました。人類の進化と、世界各地の生活様式や伝統文化が展示されています。

まず、大昔に使われていた石器を地域別・時代別に並べたコーナーが出てきました。一番左にアメリカ、次にヨーロッパ、ロシア、アフリカ、中東、中国、南アジア、東南アジア、そして日本。ここで私がショックを受けたのは、ゴロゴロ並んでいる石器の数々ではなく、これら地域の並び順でした。ふだんは日本中心の世界地図しか見ないので、アメリカが右でユーラシア大陸は左という先入観を日本人はみな抱いていると思いますが、欧米の地図では大西洋が真ん中にやってくるのですね。そうすると先ほどのような並び順になり、アメリカから見ると日本ははるか東の彼方、世界で一番遠い国になってしまいます。太平洋を飛行機で飛んできてしまったので、いまのいままでそんな意識は全くありませんでした。特に日本とアメリカは政治的にもつながりが強く、まぁ我々は小さいころからアメリカを意識せざるを得ない教育を受けてきたので、海があるとはいえすぐとなりの国のような気がしていました。しかしこうしてアメリカにやってきて、ここからfar eastの国ニッポンを見ると、それは本当に勝手な思いこみでしかなかったということに初めて気付かされました。

東アジアの生活様式が展示されているコーナーへ入っていくと、ショウやヒチリキの音が聞こえてきて、いかにもオリエンタルすぎて笑えてきます。琴の音色なんて、日本人でも耳にする機会は正月番組とソバ屋の中くらいしかないだろと。そう思いながらモンゴルや朝鮮の展示を見ますが、日本がありません。と思ったら部屋の真ん中に円形の壁で区画が作ってあり、その内側が全部日本コーナーでした。入り口には「日本」と漢字で表札のようなものが掲げてあります。博物館の一番奥の角にこんな立派な区画が用意されているなんて、さすがは世界で一番遠い国、破格の扱いであります。

主に神道とは何か、天皇とは何かということを中心に、日本の歴史のエッセンスがまとめられていました。田植えの風景の絵や模型もあり、まるで小学校の社会の授業を受けているかのような気持ちになります。それにしても、日本文化というのは洗練されていて、本当にシンプルなものの中に美しさがありますね。例えば男性の貴族が頭に載せている帽子のようなもの(正式名称は知らん)、中国の始皇帝なんかは目の前になんだかスダレみたいなのがブラブラいろいろぶら下がっていますが、日本はひな人形の親王がしているような、細かい余計な飾りのないものになっています。また、世界の至る所にトーテムポールの文化がありますが、日本なんかわざわざそんなの作らなくても、デカい木にシメ縄したらよしこれでOKという感じで。

いやたぶん、そういういろいろな違いは印象論でしかなく、実際はこのような比較はほとんど意味がないのでしょうけど(トーテムポールと鎮守の森は全然目的が違うような木がする)、でも世界各地のコーナーをざっと全部見た感じでは、やっぱり日本文化特有の、洗練された、シンプルだ、落ち着いて、そういった面での美しさというのは、こりゃすごくカッチョイイのではないかと。そんなことを感じて、でも一方でお前日本文化の何を知ってるんだと問われると何も知らないわけでして「日本のことをもっと知らなくてはいけないな」という海外旅行者に非常にありがちな面白くもなんともない感想を胸に人類コーナーを後にしたのでした。

そんな伝統的な博物館のコーナーがあったかと思えば、そのまま廊下を歩いていくと急に建物の作りが近代的になって、宇宙について展示しているコーナーにやってきてしまうのがすごい。宇宙のコーナーは2000年に増築してオープンしたばかりだということです。液晶モニタやら光り物を駆使したいかにも科学館ぽい展示です。で、いろいろと解説文を読んでみたりするわけですが、英語の物理用語や天体用語はほとんどわからずお手上げです。ボランティアで大学生が解説員をしていたりして、横でフンフンとわかったような顔をして聞いているのですが実際はサッパリです。

ニューヨーク市立図書館全体の3分の1も見ていないような気がしますが、アジアコーナーでじゅうぶんに新鮮な感覚を得たので元は取れたでしょう。外へ出ます。地下鉄に乗って南下。次にやってきたのはニューヨーク市立図書館です。しかしこの一館が市立図書館というわけではなく、ここを含めた4つの研究図書館(貸出なし)と、市内あちこちにいくつもある分館(貸出あり)を全部あわせたものが、本当のニューヨーク市立図書館です。4つの研究図書館の中でもここが最大で、人文・社会系の本が専門のようです。

それにしても立派な建物で、中はまるで宮殿のようです。ドラクエの城の中を歩いているような気分になります。階段を上るとホールのような部屋があり、どうやらそこはレア本の展示場のようです。その広い部屋のさらに真ん中にガラスケースがあり、大きなぶ厚い本がうやうやしく飾ってあるので何だこりゃと思ったら Gutenberg Bible って、来たー! 世界初の活版印刷物の、現存する48部のうちの1部であります。キリスト教徒でなくとも情報学を研究する者にとっては「聖書」であります。まぁ、だからどうということもないのですがね。読めないし。それにしてもこんなにでかいサイズだったのか。版型はB4くらいです。また、想像していたよりも活字が非常にきれいで驚きます。行間や、段組の段間マージンも適切。なかなかいいデザインだ。この本のアートディレクションって誰がやってるんすかー。

閲覧室はなお広く、昔は舞踏場にでも使われていたんじゃないかというくらいです。そして非常にうらやましかったのが、机の上にコンセントとLANソケットが用意されていて、自分のラップトップを持ってきてNet接続できるということ。もちろん備え付けのパソコンもあります。日本の国会図書館で調べものをしていると、ちょっとWebさえ見られればすぐ解決するようなことなのに、館内にNet環境がないため作業が長時間中断してしまったりすることがよくあります。電子機器はきめられた部屋でないと使えないのですが、その部屋が電波の届きにくいところにあるので、PHSでつないでも切れまくるし。LANソケットまでとは言わないので、せめてNet端末くらい置いてくださいよ、ITは日本の国家戦略なんでしょ!

ブックオフ図書館から出てきてまっすぐ前を見ると、なんだか見慣れた看板が……ってブックオフかよ! ドアを開けると中から「Irasshaimase!」というデカい声が聞こえてきます。数日ぶりに日本語を耳にしましたよ。従業員はほとんどが日本人ですが、アメリカ人もいます。でも日本語ペラペラのようです。どの言語の本でも喜んで買い取りいたしますということのようですが、実際にはほとんどが日本の本や雑誌で、価格表示がドルであること以外は日本と寸分違わぬ店内風景です。100円均一コーナーは1ドル均一でした。ちなみに1ドルコーナーで見つけたスタパ斎藤『スタパミン』(アスペクト, 1997年)と、別冊宝島『1980年代大百科』(宝島社, 1997年)を発見。

ニューヨークまで来て古本漁りをするという行為に若干の疑問を感じつつ店内を観察。入口近くのボードにはルームメイト募集などのビラが貼られていて、日本人のコミュニティスペースとなっています。ちなみにこの店でもバイト募集をしていて、働きに応じて昇級するという点も日本の店舗と全く同じなのですが、「要労働ビザ」だそうです。本をカウンターへ持っていきます。「ありがとうございます、2ドル17セントです」強烈な違和感。「会員カードはお持ちですか?」さすがに日本のものとは別でした。

ニューヨークで本屋といえば「バーンズ&ノーブル」です。あちこちに何店舗もあります。でも、その中でユニオンスクエアという場所にある一番大きな店でも、日本のジュンク堂などに比べれば小さいものです。さて、書店の中で立ち読みをするのは日本人だけだという話を英語の教科書か何かで読んだ覚えがあるのですが、全然そんなことはなくてアメリカ人も本屋の中で長々と本を読んでいるではありませんか。ただ、確かに立ち読みはしていませんでした。窓ぎわとかの地べたに座るなり寝ころぶなり、立ち読みなんかとは比べものにならないリラックスモードで本を読んでいます。何人かで座り込んでおしゃべりをしながら課題をやっている学生さえいます。

ちなみに、このバーンズ&ノーブルは品揃えが良いかわりに全て定価販売です。しかし全ての書店がそうなのではなくて、店によっては古くなって売れない本をディスカウントして無造作にワゴンに突っ込んでたりします。ひどいところになると「These books $1 each.」などという表示があったりもします。新品の本屋なのにブックオフみたいですよ。基本的に本の取り扱いは非常に粗雑で、古くて売れない本は日本の古本屋にあるのよりもずっとボロボロになってしまっています。

私も周りにならってゆっくりと本の座り読みをします。日本について書かれている何冊かの本に目を通しました。ここで購入したのはハッカー雑誌『2600』、ポン以前からXboxまでを取り扱ったゲーム歴史本『The Ultimate History of Video Games』、戦後日本での様々な流行をトピックとしてとりあげている日本文化本『The Encyclopedia of Japanese Pop Culture』の3冊。特に最後の1冊はキーワードの選び方が秀逸で、小室哲哉、ドリフターズ、長嶋茂雄、血液型(での性格分類)、インスタントラーメン、寅さん、オヤジギャル、吉永小百合、ジュリアナ、ドラえもん、宝塚、金八先生など、「うわっこりゃ日本人なら誰もが知ってるけど外人絶対知らねぇよ」というトピックが目白押しです。上手すぎる。

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