物理学はいろいろなところに応用されているが、コンピューターへの貢献は言うまでもない。その中でも特に、物理現象をシミュレーションし、画像という分かりやすい形で表現する、コンピューターグラフィックスの分野は、現代の物理学と切っても切れない関係にある。
コンピューターグラフィックス技術の発展は近年めざましいものである。現在その技術をもっとも身近に体験できるのは、テレビゲームではないだろうか。「ファミコン」が主流だった時代は、その画像は荒いドットで描かれたものだった。しかし、ここ数年の間に登場した、32bitの処理能力を持つ新しいゲーム機では、実際の物理計算に基づいて、その場でコンピューターが画像を生成している。
少し前までには考えられなかったほど高い性能を持ったコンピューターが、現在ではゲーム用として用いられている。テレビゲームから、現在のコンピュータグラフィックス技術の最先端を探ってみる。
ゲーム機が32bit時代になり最も変化した点は、これまで平面だったグラフィックが、奥行きを持つ3Dのグラフィックに変わったことである。以前はドットの集まりで描かた絵を再生しているだけだったのが、現在の主流の技法は俗に「ポリゴン」と呼ばれる、多角形の集合で立体を表現するというものである。
ポリゴン(polygon)とは本来、多角形の意味であるが、テレビゲームの世界では、それを使ってグラフィックを描く方法、あるいは描かれたグラフィックそのものを指す場合も多い。ポリゴンでは、全ての物体は多角形の平面の集合として扱われ、例えば立方体を描く場合、右の図のように6つのポリゴンを定義する。
また、3Dのグラフィックを描く際には、どの面が見えてどの面が見えないかを考慮する必要がある。さいころの「1」の面を真っ直ぐ前から見ているときに「6」の面は見えないが、ただポリゴンを重ねて描いただけだと、1の面と6の面が重なって表示されてしまう。そこで、陰になって隠れている部分を表示しないようにする工夫が必要となる。
テレビゲームでは、「Zバッファ法」という方法で前後の判定を行っている場合が多い。これは、全ての点について奥行きを示すZ座標を与え、それをバッファに格納しておいて前後判定をするという方法である。こうして、ある面の後ろになった面は画面から消去される仕組みになっている。
さて、先程の立方体のように単純な物体を描くときは数枚のポリゴンで済むが、実際のゲームのグラフィックでは、もっと複雑な形を描いたり、曲面を描いたりする必要が出てくる。その場合は、小さいポリゴンを大量に集めて表現する。当然、ポリゴン数が多いほどなめらかなグラフィックが得られるが、その分コンピュータへの負担が大きくなる。現在の32bit家庭用ゲーム機では1秒間に約30万ポリゴンを表示することが可能だが、ゲームセンターの最新ゲームでは、秒間100万ポリゴンを使用するものも登場し、しばらくはマシンの高性能化が続くものと見られる。
ポリゴンで描かれた画像は、それだけでは角張って見えたり、平面的に見えたりして違和感を感じる。そこで画像に質感を与えるために様々な工夫がなされている。
その一つが、「シェーディング(shading)」と呼ばれる技術である。その名の通り、影(shade)をつける技術だ。例えば、左の図の球体は、色の明暗がなければただの円にしか見えないだろう。しかし、適切に影がつけられているので球体だと分かる。
シェーディングの技術も3Dゲームが出始めたころは低いもので、平行な縞模様のグラデーションがかかるだけだったのだが、現在ではあたかも曲面であるかのように影がつけられるようになり、ポリゴンとポリゴンのつなぎ目が分からないほどである。
もう一つ多用される技法が「テクスチャー・マッピング(texture mapping)」である。マッピングとは、3Dで描かれている画像の表面に、2Dの画像を貼り付けることである。テクスチャーとは「模様」の意味であるから、ポリゴンの表面に模様となる画像を貼り付けることをこの技法は指す。
これにより、キャラクターの服装に細かい模様を入れたり、ただ平坦なだけの壁にレンガの模様を入れたりと、演出性を高めることができる。ポリゴン数が少なくても、テクスチャー・マッピングをうまく施せばリアルな質感を出すことが可能なので、家庭用のゲーム機では特に重視される技術である。
また、ゲームの背景などでは、同じような部分が続く場合が多い。レンガの壁や石畳の床、山肌や雲など、特に自然物は複雑だが見た目には単調である。そんな部分のテクスチャーを描く際には、フラクタルの考え方が応用される場合もある。例えば、石垣で作られた洞窟の壁である。同じような部分が続いているが、しかし少しずつ違うという背景を、コンピュータの計算によって描き出すことが可能なのである。
それでは、これからのコンピュータグラフィックスの可能性を、テレビゲームと関連づけて考えてみよう。
まずは、より美しいグラフィックを求める方向である。ポリゴンを上回る表現法として挙げられるものに、「レイトレーシング法」がある。
これは、まず一つまたは複数の光源を設定し、そこから発せられる光を追跡する。そしてその光の反射や屈折などを考え、物体の色や明るさ、そして影の付け方などを求める方法であるが、光の追跡の処理を全ての点について行わなければならないので、膨大な計算時間を必要とする。そのためこれまでのゲーム機でこの技法を使うことは考えられなかった。しかし最近になって、64bitクラスのゲーム機が登場し、少しづつこの技法が取り入れられるようになってきた。
また、グラフィックを表示するデバイスも、テレビ画面だけではなくゴーグル式の液晶画面が考えられる。これまでにもゴーグル式の画面は何度となく提案されてきたが、かなりの重量があったことと、価格の高さにより普及しなかった。しかしここ数年で液晶の価格が安くなり、家庭でも使えるゴーグルが発売されている。
立体感が得られるものでなくとも、画面への没入感はテレビ画面とは比べものにならない。近い将来、ゴーグルの使用を前提としたゲームが開発されるかもしれない。
テレビゲームのグラフィックという点では、最後にどうしても付け加えておかなければならない点がある。それは、より高度なグラフィックはゲームの楽しさを高める一つの方法ではあるかもしれないが、ゲームの楽しさそのものを作り出すものではないということだ。
いくらリアルな画面といっても、例えば将棋のゲームで駒をポリゴン表示しても、将棋以外の面白さがそこから生み出されるわけではない。そんな極端な例でなくとも、ここ数年のゲームには演出面に頼りすぎて、内容が薄いものが多く見られる。
ただ、内容を別にすれば、テレビゲームのグラフィックを見ることで、コンピュータグラフィックス技術の先端を垣間見ることができる。ますます上がるゲーム機の性能に伴い、驚くようなグラフィックがこれから家庭のテレビでも見られるのは間違いないだろう。
参考文献
参考:1.大口孝之「CG・マルチメディア用語集」情報処理振興事業協会マルチメディア研究センター
(http://www.mrc.ipa.go.jp/cre/techinfo/term/ter_index.html)
2.「imidas1995」集英社