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2001/06/19 Tue 曇のち雨 暑 「輝かしい未来」


今日は1ヶ月ぶりに浜松へ。東京駅初電で出ようと思っていたのですが、寝坊して部屋を出たのは8:00前くらいになってしまい、行程には予定より3時間ほどの遅れが生じております。昨夜寝たのが遅かったので車中では熟睡モード、250kmの距離を一瞬にして移動。滞納している軽自動車税を納税したり。

歓迎符

歓迎札を持って改札口でお迎え隊。隊といっても今回は私一人でしたが。本日研究室にお招きするのは、『ゲーム業界危機一髪』(翔泳社)の著者でデジタルコンテンツプロデューサーの浅野耕一郎氏です。浜松駅から学校まで移動するためタクシーに乗り込み、「浜松にいらっしゃるのは初めてですか?」とかお話をしようとすると、運転手が「静岡大学っていうと、今度スリランカの人が物理の先生で来るらしいねぇ」といきなり割り込んできます。

その話題が終わっても「就職厳しいみたいだけど、静大の学生さんは優秀だからどこの会社でも入れるらー」とか「うちの息子なんか28でまだ職を転々としていて困ったもんだ」とか、聞いてもいないことを無理矢理に割り込んできて、とてもじゃないですが後部座席で会話をできる状態ではありません。浅野氏とともに半ギレ状態になりながら、「はぁ」「そーですねぇ」と適当な相づちを入れ、学校に到着するまで苦悶の時を過ごします。

『ゲーム業界危機一髪』の内容について詳しくお聞きしつついろいろと議論。実現されるかどうかはひとまず横に置いておいて、PS2と高速ネットワークによるソニーのEコマース計画が完成すると、果たして人々の生活は劇的に変化するのか否か。……って、家庭レベルでのEコマースって、早い話がこれまでハガキや電話で注文していた通販生活がNetに変わることでしょう。それだけをもってして「激的な変化」と言うことはできないかもしれませんが、そうこうするうちにNet無しでは生活できない層というのが確実に生まれていく、ということを考えれば、そりゃライフスタイルの劇的な変化ですな。

思うに、いろいろある未来へ向けた進化の中で、それ自体が劇的なものってまずないと思うのですよ。例えば、携帯電話の登場によって生活は大きく変化したのは間違いないですが、ある日突然空からバラバラP503iが降ってきてうわっ携帯電話時代が来た! もうケータイ無しじゃ私生きていけない! というわけではなくて、何かの都合で何となく利用するようになって、気付いたころにはそれが無い生活は考えられなくなっていた、ということでしょう。

ガキのころに想像する未来の世界というと、建物や道路までみんなツルツルピカピカになっていて、クルマからはタイヤがなくなっていて、なぜかみんなビニールみたいな服を着ていて、というアナクロなものになってしまいますが、今考えるとそういうのって全然未来的でないのですね。食べ物はコンロでなく電子レンジで調理するのが主流になったとか、電車の中にドットマトリクスの行き先表示板が付くとか、宅配便の集荷係の人が伝票の代わりにバーコードスキャナを腰にぶら下げるようになったとか、公衆電話に液晶表示や赤外線通信ポートが付くとか、「未来」的なものというのはいつも、古くさいものの中の一部分にくっつく形で出現してくるのだと思うのですよ。

こういうことを簡単に説明するのはなかなか難しくて、今もこうして苦しんでいるわけでして、一言で言うなら「6畳一間の築35年アパートに1.5MのADSLが入っているこの状況が未来的」とかいうことになるのですが、この一言だと結局何も伝わらなくてもどかしい。とにかくライフスタイルは、10年前には想像もできない劇的な変化を遂げたにもかかわらず、誰もいちいち「うわっ劇的だ」とは思わないということなのであります。疲れた。

携帯電話にゲームを配信するのが何だか流行りみたいで、「携帯電話という極めて制約の大きいハード」なんてのたまうのも流行りみたいなのですが、携帯電話ってボタン12個も付いているし初期状態で通信もできるしマイクも付いているし、普通に漢字は使えるし、課金もできるし、言われているほど制約はないような気がするのですがどうでしょうか。

っても、じゃあ何か携帯電話用ゲームを考えてみろと言われると、既存の携帯ゲーム機にヒントを求めてしまって「いやーやっぱりケータイのマシンでできることって少ないですよ」と言いそうになってしまうのがオールドスクールなゲーマーの悲しいところ。これだけポテンシャルあるハードなのだから今までのゲームとは全く異質の面白い楽しみができると思うのですが、旧世代ゲームに触れた人間がそれを作るのは至難の技なのでしょう。もっとも、メッセージの送受信を繰り返すことで友好度のパラメータを上げ、最終的には相手をゲットするという、リアルなゲームが既に行われているわけですが。

そんなこんなでいろいろなお話をうかがい、最後に「アーティストは自分のためにものを作るが、クリエイターは人のためにものを作る。クリエイターは魂だけでもいけないし、お金儲けをしようという考えだけでもいけない。両方がないと絶対に成功しない」というお言葉をいただき、研究室を出てうなぎ屋八百徳支店へ。閉店まで居座り、バスで浜松駅へ。東京まで連絡のある鈍行列車は既に終わっているのですが。

浅野氏の新幹線の時間まで小一時間ほど駅構内の居酒屋(昼間はラーメン屋)で雑談し、お見送りした後久々にお会いしためぢ氏と雑談し、それでも夜行列車まではまだ3時間くらいあるので、一人でフラフラと白木屋浜松南口駅前店へ。お通し200円・淡麗中ジョッキ280円・そばめし平日半額190円・鳥皮串190円・ビール大ビン420円・消費税64円、計1344円。既にビールが2杯入っていた上に飲んだのでさすがにフラフラになって、夜行快速ムーンライトながらに乗り込んだら天竜川を渡る前に早くも深い眠りに。


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