芸術論1(音楽)


 音楽がもたらす正反対の二つの効果について、テレビゲームのBGMを例にして考えてみたい。

 BGMとは、バックグラウンドミュージックという言葉の通り、何か主となる事が進行している最中にその後ろで鳴っている音楽である。だから、BGM自体が主になることは本来ありえない。

 しかしレコード店に足を運ぶと、映画や演劇、そしてテレビゲームなどの様々なBGMが並んでいる。BGMが、あるべき場所を離れてそれ自体で評価されているのだ。

 BGMがそのように単体で提供されているというのは、それが楽曲として優秀であったためと考えられる。「音楽だけ聞いても素晴らしい」などと言われることもままある。しかしその場合、必ずしも楽曲がBGMとして優秀であったとは限らない。

 特にテレビゲームの音楽は、楽曲としての優秀さとBGMとしての優秀さに大きく差が出る。さらに、映画やドラマのBGMとしてなら効果的にはたらくのに、ゲームのBGMとしてはそぐわない、という音楽も存在する。

 例えば、20年ほど前にブームになったインベーダーゲームのBGMは、「ド#・シ・ラ・ソ#」というパターンが繰り返されるだけという、極めて単純なものであったにもかかわらず、宇宙から侵略者がやってくるという雰囲気をかもし出すには十分だった。

 だがその雰囲気以上に、このBGMが「ゲームのBGM」として優秀な点がある。

 テレビ画面の上方から攻めてくるインベーダーたちは、自機である画面下の砲台に近づいてくるにつれてその移動速度が速くなっていく。インベーダーたちが砲台のところまでやってくるとゲームオーバーとなってしまうので、それまでにプレイヤーは何が何でも全てのインベーダーを撃ち落とさなければならない。

 ところがインベーダーが画面の下へやってくるにつれて、最初は非常にゆっくりと「ド#・シ・ラ・ソ#」のパターンを繰り返していたBGMはそのテンポを速くしていく。インベーダーが移動スピードを速めていくのに合わせてBGMも速くなっていくことで、プレイヤーはあせりや緊張を感じる。

 BGMによってゲームの雰囲気作りをするだけでなく、それが実際のゲーム内容にまで効果を与えているのである。適度なあせりや緊張感は、ゲームの面白さを増大させる効果を持つ。単純ながらも、ゲームのBGMとして非常に優秀な音楽であると言える。

 しかし、これを楽曲として取り出し単体で聴いた場合に、「よくできた音楽である」と感じる人はほとんどいないだろう。ただ単純なパターンが繰り返されるだけで、楽曲としては退屈なものである。

 楽曲として優秀でなくとも、優れたBGMとして成立するのである。優れたゲームのBGMとは、ゲームをより面白くするBGMである。

 さて、ここ数年ゲーム機の性能が飛躍的に向上し、複雑で大規模な曲を流したり、より高音質の音色を使用することが可能になった。

 しかしながら、テレビゲームのBGMがよりゲームを面白くしているかというと、必ずしもそうではない。

 例えば、1997年一年間で最も売上本数の大きかった「ファイナルファンタジー7」のBGMは、楽曲としては極めて優れているが、ゲームのBGMとして効果的に機能していない部分が大きい。

 このゲームは、物語主体で進む「ロールプレイングゲーム」というものである。プレイヤーが操作するキャラクターは、敵との戦闘に勝つことによって得点を獲得し、パワーアップしていく。だから、物語の主要箇所に登場する強敵を倒すには、それ以前に多くの弱い敵を倒して得点をたくさん得ておかなければならない。

 しかし、弱い敵との戦いを繰り返すことは、プレイヤーにとっては機械的作業であり、それによって直接物語が進むわけでもないので、ややもすれば苦痛になりかねない。そこで、戦いの場面の音楽は、プレイヤーの士気を鼓舞し、かつ何度聴いても飽きのこないものであるのがゲームのBGMとしては望ましい。

 しかしこのゲームでは、最初に聴いたときはなかなか良い雰囲気が出ているのだが、旋律や音色が複雑でなじみにくいものとなっている。これまでのシリーズでは、基本となる分かりやすい旋律を発展させていくような音楽だった。しかしこの「7」では、映画のBGMのように、一度聴くだけが良く、何回も聴くには重厚すぎるものとなっている。結果としてゲーム中の戦闘シーンは、プレイヤーにとって煩雑なものと感じられてしまう。

 この戦いの音楽を、サウンドトラックなどで楽曲として聴いてみると、こういった不満はなく、好き嫌いを除けば良くできた音楽なのである。楽曲としては優秀でも、ゲームの中で短時間に何度も聴くものとしては耳障りに感じる場合があるのだ。

 全ての作曲者は、常に優れた音楽を書こうとしているはずだ。しかしBGMのように、特定の目的に使用される音楽の場合は、その目的・用途を十分に理解して作曲しなければならない。さもなければ、例えばテレビゲームのBGMの場合では、ゲームの面白さをそいでしまうことにつながりかねないのである。


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